中国の商売人魂に学ぶパーソナライズド・マーケティングとは

中国に学ぶパーソナライズド・マーケティングとは

中国を訪れるたびに感じるのは、街の変化の速さと、消費者ニーズの多様化への柔軟な対応力です。近年の中国では、単に「商品を売る」だけではなく、顧客一人ひとりが“自分のために作られた”と感じられるようなパーソナライズド・マーケティングが広がっていると感じます。最近、上海に行った際に、安福路という場所で見かけたハンドクリーム専門店を例に、このパーソナライズド・マーケティングについてご紹介します。

「あなたのための」をデザインする

安福路 - 青稚ハンドクリーム

この店では、誕生日や名前の文字をあしらったオリジナルパッケージのハンドクリームを販売していました。「青稚ハンドクリーム」というブランドです。ハンドクリーム自体はどこでも買える一般的な商品ですが、この店では「あなたのための一本」というストーリーを付加することで、商品を“特別な体験”に変えていました。

青稚ハンドクリームでは、誕生日ごとにデザインや香りが違うハンドクリームや、名前の文字が入ったハンドクリームが売られています。(中国人は特に同じ姓の人が日本人に比べてかなり多いのでこの手法が成立しているということもあります。実際に私が知っている中国人友人や元同僚のほとんどの名前が見つかりました笑)

誕生日プレゼントや自分へのご褒美など、個人の感情や記憶と結びつけることで、消費をより深くパーソナライズしているのです。日本でも名入れギフトのような文化はありますが、中国ではそれがより日常的かつSNS映えする形で進化しています。商品を手に取る瞬間から、投稿するまでの行動すべてが、マーケティング設計の一部として組み込まれているのが印象的でした。

私が中国で働いていた頃も、中国人の同僚がよく「パーソナライズの要素を商品に入れたい」と話していました。彼らにとってパーソナライズとは、単に個人対応を意味するのではなく、「自分の個性を反映できる体験を提供する」ということでした。この“あなたのため”という感覚が、中国の消費者の心を強くつかんでいるのです。

アルファベットでメッセージを作るコーヒー体験

三顿半咖啡

こうした発想は、コーヒー業界にも広がっています。たとえば「三顿半咖啡(サンドゥンバン)」という中国発のコーヒーブランドでは、商品(焙煎や香りが異なる)がアルファベットで分かれており、顧客は自分や贈る相手の名前のイニシャルを選んで購入できます。私は転職が決まった前職の先輩に、名前のアルファベットを選んでプレゼントしました。

コーヒーを「味で選ぶ」だけでなく、「人との関係や意味で選ぶ」体験に変えているのが特徴です。ここでは、商品そのものよりも「その人を思って選ぶ時間」こそが価値になっています。ブランドが一方的に完成品を提供するのではなく、顧客が自分の想いを込める余白を残している点に、中国のマーケティングの巧みさを感じました。

背景には、Z世代を中心とする中国の若年層の価値観があると思います。彼らは「所有」よりも「表現」を重視し、ブランドを自分らしさの延長として使います。SNS上での共有を前提に、商品そのものよりも「体験としての価値」を求めているのです。企業側もその感覚を理解し、圧倒的なスピードで商品に反映しています。

「特別に感じる体験」がブランドを強くする

一方で、こうした変化のスピードは、街の風景にも現れています。かつてよく通った静安寺近くのカフェが閉店していたのを見て、少し寂しさを覚えました。お気に入りの席でコーヒーを飲みながら人の流れを眺めていた時間はもう戻りません。しかしその裏では、新しい店が次々と生まれ、時代に合わせて挑戦を続けています。まさに「変化を恐れず、自分で作り替える」精神が、中国のビジネスの原動力になっていると感じました。


日本のマーケティングは、どちらかといえば「完成度」や「一貫性」を重視します。それは大きな強みですが、スピードと多様性が求められる時代には、中国のように「顧客が自分のために作られたと感じる体験」を設計することが重要だと思います。企業がすべてをコントロールするのではなく、顧客自身が物語を完成させる余地を残すこと。それがパーソナライズド・マーケティングの本質です。

安福路の小さなハンドクリーム店や三顿半咖啡のように、消費者が「自分らしさ」や「贈る思い」を重ねられる商品を設計すること。そうした“特別感を感じさせる体験”こそが、これからのブランドの差別化の鍵になると感じています。