※本記事は、原著『Marketing 6.0』(Philip Kotler, Hermawan Kartajaya, Iwan Setiawan)に基づき、内容の意訳・要約を行っています。
マーケティングの世界における「神様」のような存在であるフィリップ・コトラー氏が、最新著書『Marketing 6.0: The Future is Immersive』を2024年に発表しました。日本語版はまだ出版されていませんが、その内容はすでに世界のマーケターたちの間で話題を呼んでいます。本記事では、コトラーのこれまでの理論の流れを振り返りつつ、「Marketing6.0」の要点とそのインパクトについて、マーケターとしての私の視点も交えながら解説していきます。
フィリップ・コトラーとは
まず簡単におさらいしておきましょう。フィリップ・コトラーは、アメリカの経済学者であり、現代マーケティングの父とも呼ばれる存在です。彼が提唱したマーケティング理論は、時代の変化とともに進化を続けており、多くの企業やビジネススクールに多大な影響を与えてきました。
Marketing1.0から5.0までの進化
Marketing6.0を理解するためには、その前段となる1.0から5.0までの流れを押さえておく必要があります。コトラーはこれまで、以下のような流れでマーケティングの進化を分析してきました。
- Marketing1.0:製品中心 製品を作れば売れるという時代。大量生産・大量消費が基本でした。
- Marketing2.0:顧客志向 顧客ニーズにフォーカスし、競合との差別化を図る時代。
- Marketing3.0:価値主導 企業は社会的価値や理念を掲げ、消費者との共感を大切にするように。
- Marketing4.0:デジタル時代 オンラインとオフラインを統合し、つながりを重視するマーケティングへ。
- Marketing5.0:テクノロジー×人間性 AIやIoTなどの先端技術を活用しつつ、人間らしさや共感を大切にしたアプローチへ。
そして、ついに登場したのがMarketing6.0。ここでは、これまで以上に「体験」に重きを置いた新たなマーケティングのパラダイムが描かれています。
Marketing6.0とは? その要点と本質
Marketing6.0のキーワードはずばり「イマーシブ(没入型)体験」です。企業は製品やサービスの機能だけでなく、顧客が体験する「物語」「感覚」「空間」を包括的に設計しなければならない時代に突入しました。この背景には、ジェネレーションZやアルファ世代の台頭があります。彼らは生まれたときからインターネットに親しみ、フィジカルとデジタルの境界が曖昧な「ファイジタル(Phygital)」な世界で育っています。
私もMarketing5.0を読んだときから、こうした世代間の違いに着目する流れには注目していましたが、6.0ではさらに一歩進んで、空間コンピューティングやメタバース、生成AI、マルチセンサリー(五感)マーケティングなど、極めて具体的なテクノロジーが登場します。以下に、Marketing6.0のポイントをいくつかご紹介します。
顧客体験の新潮流:メタマーケティング
Marketing6.0では、従来のマルチチャネル・オムニチャネルを超えた「メタマーケティング(Metamarketing)」という概念が登場します。これは、リアルとデジタルを融合させた、インタラクティブかつ没入型の顧客体験の設計を意味します。たとえば、若年層は買い物をするとき、店舗で商品を手に取りながらスマホで価格を比較したり、SNSで評判を確認したりします。これはまさにファイジタルな行動であり、企業はこの行動様式を前提としたマーケティング戦略を構築する必要があります。
テクノロジーを前提としたマーケティング設計
Marketing6.0の大きな特徴の一つが、最新テクノロジーの統合です。
- IoTとAIによるリアルタイムなデータ収集と分析
- 空間コンピューティングとデジタルツインによる顧客体験の3Dシミュレーション
- AR/VRによるインターフェースの再定義
- ブロックチェーンによるセキュリティと信頼の構築
これらの技術は単なる「補助」ではなく、顧客体験の中心として機能します。例えば、ファッション業界ではAR試着やスマートフィッティングルームが実用化されつつあり、フィジカルな店舗の役割そのものが変わってきています。私自身、マーケティング業務で生成AIを活用する機会が増えていますが、もはや「テックに詳しいマーケター」ではなく、「テックを前提に思考できるマーケター」が求められていると感じます。
マイクロモーメントとショートコンテンツ
GoogleやBCGが提唱する「マイクロモーメント」は、ユーザーが瞬間的に判断・行動する小さな意思決定の時間帯を指します。特にGen Z・α世代は短い広告、ミーム、絵文字、ショート動画といった短時間で刺激的な体験を好む傾向にあります。企業がこうしたマイクロモーメントを捉えるためには、従来型のマスマーケティングではなく、個別最適化されたコンテンツ配信と高速PDCAが欠かせません。
エンタメ的体験とマルチセンサリーの重要性
マーケティング6.0では、視覚・聴覚だけではなく、嗅覚・味覚・触覚も含めた五感すべてを活用するマルチセンサリーな顧客体験が重要視されています。例えばスターバックスは、香りの演出を重視し、店内では強い香水や喫煙を禁止するなど、ブランド体験を嗅覚レベルでデザインしています。また、面白い事例として、コカ・コーラの「フレンドリー・ツイスト」キャンペーンが挙げられます。これは、2本のボトルを組み合わせないと開かない仕組みにより、キャンパス内でのコミュニケーションを促す仕掛けでした。単なる製品販売ではなく、記憶に残る体験設計こそが今のマーケティングに求められているのだと感じました。
メタバースの可能性と課題
Marketing6.0では、メタバースについても詳細に論じられています。ジェネレーションZ&アルファにとっては、メタバースは単なるゲーム空間ではなく、「居場所」であり、「買い物の場」であり、「自己表現の場」でもあります。ただし、マーケターがメタバースに飛び込むには注意が必要です。成功事例はまだ限られており、「小さく試す→反応を見る→スケールする」という実験的な姿勢が求められます。
Marketing6.0が示す未来の方向性
Marketing6.0は、単なる「技術の導入マニュアル」ではありません。テクノロジーが人々のライフスタイルや価値観をどう変えつつあるか、それに企業はどう応えるべきかを問い直す書でもあります。生成AIの普及によってマーケティング業務が大きく変わろうとしている今、私たちマーケターは「ツールを使いこなす」だけでなく、テクノロジーをどう「体験」に変換するかを考える必要があるのです。Marketing6.0は、そうした時代のマーケターにとっての「地図」であり、「コンパス」だと言えるでしょう。日本語版の出版も待ち遠しいですが、英語版を読む価値は十分にあります。